5月7日(木) 入院決まる!

 今日は忙しい1日だった。

 朝会で、運動会の練習の時の放送機器の使い方と、全校競技の説明をした。放送に関しては、他に出来る人がいるのでそちらに任せることにしても、全校競技は、私が子供と相談しながら創り上げてきたものだけに、全体に流れを分かってもらってからでないと次の人に引き継げないので、全体の前で説明したのだ。これで、明日放送係の子供たちの指導と学級の旗を飾り付ければ、運動会の私の担当部分の一応の準備は出来たことになる。

 1,2時間と普通通りの授業をして、3時間目は嘱託の先生との引き継ぎ。ベテランだけに何とかしてくれるだろう。今はそう思って頼むしかない。

 それから病院へ。今日は何かあったのかすごく込んでいて、1時30分の筈が5時半頃の診察になった。そこで入院の日にちがはっきりと決まった。やっと決まったという感じだ。何もそう急がなくても、というかもしれないが、それがはっきりしないと毎日が蛇の生殺しのような感じで、気持ちが張りつめているだけにもうたくさん。限界に近づいていたのでホッとした。

 でも、本当はこれからの方が大変なのだ。しこりが大きいのできれいにはいきそうもないらしい。ただ、リンパ腺まではとらないので機能的には何ら後遺症は残らないで済むとのこと。それで良しとしなければ。

入院のいろいろな説明を聞いて帰った。やはり個室になるのだそうだ。1日22,000円也。10日くらいになりそうなので20万ちょっとか。でも、気楽でいいかも。好きなことが出来るし、則も周りに気を使わないで自由に来れるし。それに、シャワー、トイレ付きだというし。

 本日の会計:病院への支払いが9110円。自宅最寄り駅〜O駅間の回数券が9800円。昼食二人で1235円。暇つぶしの本が420円。


則裕の記録

 ようやく仕事も軌道に乗ってきて、今日はやや安心して職場を後に出来た。病院には1時20分頃に着いた。昼食もとれずに、電車の中でドーナッツ5個とジュースを分け合って食べた。

 順さんが書いているように、病院はめちゃくちゃ混んでいて、まだ午前中の人が診察をしていた。だいたい今日診る人の数だけで、70人を越える。A医師は超売れっ子なのである。診察室に入ったまま、昼食も摂らずに、その数をこなしている。患者(勿論全て女性)も、用事で診察室からまれに出てくるA医師に、先生頑張って!と声をかける。だからといって、診察室に入っても、決してとばして診察をするわけではない。

 さて混雑にへきへきしながら(回りは殆ど女性だらけ!)待っていると、2時頃に順さんが呼ばれた。私は居眠りをしていたので、順さんだけエコー室に行った。例の娘〜のもう少し詳しいデータを診るためらしい。しばらくして帰ってきた順さんは、「まだまだかかるので食事でもどうぞ。4時過ぎになると思います。」と看護婦さんに言われてという。そこで食事に行った。

 診察は順さんが書いている時間にようやく順番が回ってきた。診察がまずあって、その後呼ばれた。入って驚いたのは、土曜入院月曜手術というA医師の話を断ったとのこと。だって御柱・・・と順さん。自分の身体とどちらが・・・とあきれる私。いいじゃないですか、6年も待ったのだから行って来なさい。なんて優しいお医者さんなんのだろう・・・とA医師。(つまり乳癌は急成長する病気ではないということなのだろう。部屋を出てから、再度順さんに聞くと、あなたが予定を立てているのを壊すのも悪いと思ってとのこと。私は順さんの気晴らしにと思っただけなのに。)

 結局、上に書いた娘〜の再検査もあって、13日入院15日手術と決まる。13日午前10時入院。個室だ。A先生の患者さんは個室に入っていただきます・・・との看護婦の説明。精神的なケアの部分もあるのだろうか、原則個室というのは。それにしてもすごいのは、予め乳癌患者のためにいくつかの病室を確保してると言うO病院の実際。私も昨年夏に入院したが、個室は快適だった。その時は都立病院で、事情が事情だけに殆ど差額ベット代などというものはなかったのだが。

 細かく言うと、13日午後にMRIの再診。そして14日にはCT検査をした上で、15日午後に手術となる。困った。実は私は教師向けのコンピュータ活用誌「実践事例アイディア集」(文部省情報教育研究会編・年1回発行)(http://www.japet.or.jp/jirei/shuukei.htm)というのを作っているが、その編集会議が15時からあるからだ。まぁその会議は欠席をするしかない。

 さて病室を出てから、今度は胸部全体のレントゲンと、心電図をとる。その後採血をしてから看護婦の入院説明。これも手慣れたものだ。特別に用意するものはあまりない。タオル類を少し多めに持って来るくらいで、入院患者が普通用意するものを用意すれば事足りるようだ。

 結局O駅から電車に乗れたのは、19時近くであった。

 帰宅してから順さんは休刊直前の学級便りを書いた。彼女にしては、ちょっと文調が違うなぁと言う感じで仕上がった。やや固い感じの学級便りとなった。まぁよしとしよう。