5月3日(日) また諏訪上社御柱へ


 半分以上あきらめていた御柱へ行くことが出来た。が、あいにくお天気は最悪のようだ。寒冷前線の通過で、日本列島は大荒れというのだ。しかし、そんなことにひるまず、小雨の中出発。

 途中青空も見えて、こんな天気ならいいなと思っていたのに、茅野は大荒れ。ああ、我が人生のようだと思いながら、駅のハンバーガーショップで雨がおさまるのを待つことにした。少し小雨になった時を見計らって出かけることにした。途中で一度激しい雨にあって合羽を着たが、それがおさまったあとは何とか傘をさしたりささなかったりという状態で見られた。

 雨のせいで観客は少なかったが、盛り上がりは同じ。今回は里曳き。町中の曳航と前宮の階段登りを見たが、この階段を登るというのは何ともすごかった。盛り上がりも最高潮に達するところだ。喧嘩も発生して人々の興奮が伝わってきた。

 が、それが過ぎると、すぐに学校のことやこれからのことが頭に浮かんできて、気分は重くなる。それを則との会話で救われる。せっかくの機会を楽しくしなくちゃと言う気分になれるから不思議だ。

夜は疲れてぐっすりといきたかったが、夜中に目を覚ましてからどうもうつらうつら状態が続いて、則に言わせると時々うなっていたそうだ。そう、何度か悪夢を見た。


則裕の記録

 今回の御柱シリーズは都合4回の旅行を企画した。諏訪大社というのは、色々な曲折があるようだが現在の姿は4つの社からなる(正確には若宮とかあるのでもっとになるが)。その内下諏訪にあるのが下社で茅野付近にあるのが上社。下社は春宮と秋宮がある。上社には前宮と本宮がある。この4つの社の4隅に、4本の山から切り出した木を谷に落とすなどして曳航してきた柱を、都合16本建てる。この柱を御柱(おんばしら)、そしてこの1年近くに及ぶ祭りを御柱祭(みはしらさい)と呼ぶ。上社下社とも山出しと里曳きがあり、それぞれ3日程度のお祭り騒ぎとなる。この4回とも見に行こうと企画した。

 山出し2回と里曳き2回との間に、順さんの病気は見つかった。だから逡巡したのだ。そして、5月9日からの3日間行われる下社の里曳きはキャンセルをした。で、5月3日からの3日間行われる上社里曳き。どうしたものかと思ったが、結局これだけはということの思いが強く、キャンセルをしないまま当日を迎えたのだ。

 順さんの気晴らしにもなるという判断も勿論あった。そうした、複雑な状況の中での出発だった。その状況を映し出すような午前中の天気の荒れ方。でもその分地元の人中心の祭り本来の姿を見ることが出来た。喧嘩もそうだ。(ただ残念ながら順さんと私は見ていた場所が違うので、私は見てはいない。)

 夜中の順さんは今まで聞いたことの無いような声を出していた。風船から空気が出ていくような声。本人はトイレにネズミの死骸があったとか、私が脅かしたとか行っていたが、恐怖で叫んでいるという風の感じではなかった。このうなされが、昼間の喧噪の興奮からなのか、病のせいなのかは分からない。少なくとも昨日まではうなされてはいなかったように思う