7月25日 |
天気 曇りのち晴れ
○朝
今朝の目覚めも早い。5時には起きて、荷物の片づけをした。と言っても今日もこのホテル泊まりなので、簡単にすませて、日記を書いた。
6時30分から朝食というので時間に行ってみると、まだ準備はできていなかったので、またシギリヤロックを眺めて時間をつぶしていた。何度見てもすごい岩だ。でも、添乗員さんに聞く所に依ると、エアーズロックとは比べ物にならないほど楽だということだ。さて、朝食は初めてセットメニュー。フレッシュフルーツ、パン、オムレツと野菜の盛り合わせ。結構おなかいっぱいになった。その後、ホテルを出て少し散歩をしてシギリヤロックのビューポイントで写真を撮る。
○ダンブッラ石窟寺院【世界遺産】(8時45分から10時)
8時5分に出発して、今日はダンブッラ石窟寺院へ向かう。ここも楽しみにしていた一つで、気分は最高潮。
でも、8時45分にそこへ着いてみると、金ぴかの大きな仏像があってちょっと度肝を抜かれた。しかもこれって、新しいものだという。ここのお坊さんが頑張って造ったんですよとガイドさんは説明していたが、何か歴史とぴったり来ない。でもここの目的はこの真新しいのとは違うのだ。その仏像脇に階段があってそこを登って行くことになる。始めはたいしたことないと思っていたが、見上げても階段という状況に疲れが感じられるようになった。順さんは黙々と登っていたが、その階段の段数を数えていたらしい。シギリヤロックを遠望できる所で休憩したら、ここで248段という。それは見渡す限りのジャングルの中に浮かび上がっていた。どこから見ても同じ形に見えるから不思議だ。そこから更に上って行って、354段でようやく頂上に到着。9時10分だからあんまり時間はかからなかった。そこから見学を開始したが、「すごい」という声の連発になった。これなら世界遺産で文句ない。
第一窟はあまり広い洞窟ではなかったが、その狭い空間いっぱいに大きな涅槃仏があった。足下には立像もあって、全体を1枚の写真に収めることはできなかった。
第二窟は、最大の窟で、中心にはここの名前の由来ともなっている水のたまる場所(タンブッラ)があった。その周りには洞窟壁に背中をつけるようにして仏がたくさん並んでいた。その数の多さは圧巻。見事だ。ここにも涅槃物があって、その足の裏は赤くて模様があるというこの国の特徴をよく残していた。でも、我々は写真を撮るのに夢中になってせっかくの説明もほとんど聞いていない状態で、後で考えるとガイドさんには悪いことをした。ここではお坊さんの集団と一緒になった。あちらは深い意味を持ってきているのだろうに、こちらは無遠慮にシャッターを切りまくっているのだもの、どう思ったろう。重ね重ね申し訳ない。
第三窟にも木造の涅槃仏があった。この辺りに来ると記憶が混乱してどこにどの仏像があったのか分からなくなってしまった。ただひたすら写真を撮っていたのは間違いないが、こんなでうまく整理ができるのだろうか。
第四窟には座像がたくさんあった。
第五窟は一番新しい物だ。
石窟地域の入り口に戻ってくると坊さん達が記念写真を撮ろうとしていた。その場を映してしまった。興奮状態のまま、9時40分にはもう下り始めた。今度は階段ではなくスロープの方を通っていくことにした。我々はまた最後なので、ガイドさんと一緒で、迷うことなく無事に戻った。
○昼休み
10時にバス出発は出発して10時30分にホテルへ戻った。これで午前の部はおしまい。しばし休憩となる。途中、象サファリへ行く人3名が下車した。我々は夜のジープサファリへ行くことにした。象はもうこりごり。タイで少しの時間しか乗らなかったが、結構こわかったのだ。象もラクダももういいということだ。ホテル到着直前にシギリアロックのビューポイントを通過したが、頂上に3人の人影を見た。まるでマッチ棒のようだ。 明日朝はあそこへ登るのかと思うと、少し大変そうでやめたい気分になる。添乗員のTさんに今日のダンブッラ石窟寺院を1としてシギリアロックはその何倍かと尋ねたら3倍くらいとの答え。添乗員もガイドもともに登るという。商売とはいえ、ご苦労なことだ。
部屋でシャワーを浴びて一休みした。この中休みはなかなかいい。昼食の時間に外へ出ると、ちょうどそこに象のサファリへ行った人たちが戻ってきた。(写真は我々が泊まったロッジ)
○ポロンナルワ【世界遺産】(15時15分から16時50分)
12時30分から昼食をとり、13時40分から午後の部へ出発。午後も世界遺産の一つ、ポロンナルワへ行く。こちらも楽しみにしてきた遺跡だ。が、外は午前中とは比べ物にならないくらい日差しが強くなっていて、かなり暑くなりそうだ。
もっと近いかと思っていたが意外と遠くて15時15分になってボロンナルワへ到着した。始めは宮殿跡を見学。ここも先のアヌラーダプラと同じく7階建てだったそうだ。7という数字がラッキー7のようによい意味を持っているのか、これが高さの限界だったのか、不思議な共通点だ。しかし時代は1000年も離れているのだ。うーん。ここには400人もの女性がいたハーレムがあったとのことで、そのためのお風呂跡も残されていた。でもちゃんと会議場もあったようで、今は柱しか残っていないが、全体の様子が伺える。この辺りは物売りが多くて、それが結構しつこい。日本円を見せて両替をねだる者もいたが、これがひったくりの手だと気軽に話していた順さんは則に注意された。それまでであった人たちは皆人なつこくて悪い印象はなかったので、つい気を許してしまったが、やはり観光地ともなるとそれなりの人はいるものだ。
それからまたバスで中心部のフォードラングルへ。ここにはたくさんの遺跡が残っていて次から次に説明をするガイドさんの後を追うのが大変だった。その中でワタダーゲという円形の仏塔が面白かった。またここにはハタダーゲという仏歯寺の跡も残されていて、中心地だったことが分かる。(15時50分〜16時10分)
物売りもそうだが、地元の観光客も多い所で、ポラロイドで写真を写してあげているおじさんは女子学生に囲まれて抜け出すのが大変な様子だった。
その後、ランカティラカへ。ここは高く聳える2つの塔が特徴だ。17mの立像もあって、午前中もそうだが、どのようにしてこんなに大きな仏像を造ったのだろうと感心する。それも、ただ造ってあるだけではなく、それなりの芸術性を持っているのだからすごい。それにしても大きいことはいいことだ、なのだろうか。写真の奥に象があり、その後ろをちょうど胎内巡りのようなことが出来る。
最後はカル・ヴィハーラ。写真でもおなじみの場所で、座像、立像、涅槃像が並んでいる。と思っていたが、実はもう一つ、岩穴にガラス張りで保護された仏像があった。これが一番大事と言うことだ。ここの涅槃像も14mと大きい物だが、曲線が優美で美しい。さすがにしつこい物売りもここまでは入ってこなかった。
○ジープサファリ ・・・ジープサファリの詳細は「ペラヘラ祭と象サファリ」にあります
全て見学を終えて、16時50分に帰途についた。すぐにトイレ休憩をしたが、そこは木彫りの工房で、ちょうどそこに来合わせていた外人客と共に説明を聞いたが、実のところよく分からなかった。ただ、木彫りの置物や壁掛けなどたくさん展示してあった。
さて、1時間ほど走って我々は途中で下車。何故って、ジープサファリだ。一行は9人。2台のジープに分散してスタート。17時55分出発。
さて、走れど走れどジープは乾いた土地を走るのみで、これは損したかな、と思い始めた頃、目の前に象の大群が。いるはいるは・・・その数50以上。野生なのであまり近くへは行けないかと思っていたら、ジープはどんどん象の近くへ。1番近い象へ10mくらいの所で停車。
それでも象はおとなしく自分たちのことに集中している。草を食べる象、喧嘩している子象たち、わがままな子象を叱っている親象など様々な象の形態を見ることができた。動物園のとは違って、自然に生きる動物の自然な生き様を見た。もうこれだけで感動。他にも水辺にはサギやクジャク、水鳥などがたくさんいて、赤く染まり始めた空に溶け込んでいた。
十分に満足して19時10分には出口へ戻ってきた。そこからホテルまで送ってもらうことになりチップの計算をしながら、固い座席でおしりが痛いのを我慢していたら、料金所へ連れて行かれた。一人40米ドル。高いと見るか安いと見るかは、その人の感動の具合と比例するだろうが、まあ、我々はOKの部類。尤ももっと安ければそれにこしたことはないが。チップは一人100ルピー。満足の表れだ。
そこから日本の中古車に乗り込んで(これも日本文字が残されたまま)今度こそ本当にホテルまで送ってもらった。20時10分、夕食の時間に10分ほど遅れた。急いで夕食の場所へ。
疲れもあって21時50分までのんびりと食べた。満足感が、ビール3本となった。
22時40分 就寝